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レリダ時代のティト・ビラノバ(2列目左から3番目)と安永氏(前列右端) (写真は、安永総太郎氏ご本人の提供)

1997年から1998年にかけて、ティト・ビラノバとチームメートとして、レリダで1年間、過ごした安永総太郎氏が、金曜日に45歳で永眠した早すぎる元チームメートの死を悼んだ。

現在、日本サッカー協会のJFAこころのプロジェクトスタッフとして、子ども達にサッカーを教える傍ら、解説などに活躍している安永氏が、ティト・ビラノバと過ごしたのは、当時2部だったレリダであり、FCバルセロナからやってきたティトは、一目置かれる存在だったという。レリダでは毎日、筋トレを行なっていた安永氏に、週に2回はやはり、筋トレに通ってくるビラノバが、「筋トレのやり方が良くない、といちゃもんをつけられた」ことをきっかけに、少しずつ、親しくなっていった。レリダ時代のティトとの思い出で、覚えているのは、カタルーニャ杯でレリダがバルサと対戦した時のことだ。ティトは古巣相手ということで、当時のフアンデ・ラモス監督から、スタメン出場を言い渡され、フル出場を果たした。更にその試合で、フリーキックからティトは、ゴールを決める活躍をみせたのだが、ふだんは感情を表に出さず、練習なども黙々と行なうタイプのティトが、感情を爆発させるように喜んだのを見て「よっぽど嬉しかったんだろうね」と安永氏は当時を振り返った。

1年間の付き合いだったが、その後も、付き合いは続いた。ティト・ビラノバがクラブワールドカップで日本に来た時、病気のことを聞いていた安永氏は、会いに出かけたが、あいにく本人が不在だったため、日本のお守りだけ、渡してくれるよう、頼んで帰ってきた。結局、それが本人に会える最後の機会になってしまったという。その後、「いったんは回復したと聞いていたから、良くなったのかと思っていたのに、また、入院したと聞いて・・・」と今回の訃報を比較的、落ち着いて受け止めていたものの、「45歳でしょう?若すぎるよね」とその早すぎる死を悼んだ。

◆日本でも衝撃

日本メディアも、ティト・ビラノバ永眠のニュースを衝撃を持って伝えた。本人の病状などが殆ど伝わっていなかったこともあり、yahooニュースのトップニュースになるなど、その衝撃の強さが伺えた。また、twitterなどでも、サポーターの「余りにも突然で信じられない」、「日本からも黙とうを捧げます」などのメッセージほか、シャルケ04、マンチェスターシティの日本語版など、同業クラブからの哀悼のメッセージも続々と届けられた。

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