アンデルレヒト3-0の後で喜ぶバルサの選手 / FOTO: ARXIU SEGUÍ -FCB.

もし、バルサがチャンピオンズリーグのベスト8に進出したいのであれば、2013年3月12日に、カンプノウで再び、過去の歴史で繰り返したことを行なわなければならない。チャンピオンズリーグの第一戦で厳しい黒星を喫した後、カンプノウはそのリベンジを果たす最高の舞台にならなければならない。過去に結果をひっくり返したことはある。その例をここに紹介する。

1977年12月7日7 : FC バルセロナ 3 - イプスウイッチタウン 0
1977/78年のUEFA杯ベスト16で、バルサはPK戦でイギリスのクラブチームに勝った。第一戦に負け たが (3-0)、第二戦でクライフが2ゴールを決め、レシャックが1ゴールをPKでマーク(87分)し、3ゴールで追いつき、試合は延長戦に持ち込まれたが、最終的にPK戦で決まった。オルモがPKを失敗したものの、レシャック、アセンシ、アマリージョが決定的な仕事をし、バルサに勝利をもたらした。

1978年11月1日  : FC バルセロナ 3 - アンデルレヒト 0
舞台は、イプスウイッチタウンでの試合と非常に似通っていた。ヨーロッパカップウイナーズのベスト16での初戦を3-0で落とし、カンプノウで厳しい第二戦を強いられたが、前回と同様に、クンクル、エレディア、スビリアが試合の終盤に決めたゴール(85分)で、延長戦に 持ち込むことになった。そこでも効率的に勝利収めたバルサ (4-1)は勝ち抜き、最終的にこのシーズン、バシレアで大会の優勝カップを持ち上げることになった。

1986年4月16日 : FC バルセロナ 3 - ゴテボルグ 0
再び、カンプノウで3-0の結果の後、戦うことになった。この場合の対戦相手はゴテボルグだったが、この試合を勝ち抜けば、欧州杯の決勝に行けるという最高の賞与が待っていた。バルサは、ピッチ・アロンソのハットトリック(9分、63分、69分)でPK戦までたどりつき、接戦に勝った(5-4)。最後のゴールを決めたのは、ビクトルだった。

1993年9月29日: FC バルセロナ 4 - ディナモ・デ・キエフ 1
ヨハン・クライフのドリームチームが見事な活躍を見せた夜だった。第一レグを3-1で終え、次に進むには試合をひっくり返す必要があった。最初のゴールはラウドルップがマークし (8分)、続いてバケーロ (16分)がゴールを決めたが、レブロフが1点を返したため、更にバケーロ、クーマンが得点することを余儀なくされた。最終的にグループリーグを潜り抜けたバルサは、そのまま、アテナスの決勝まで走り続けることになった。

2000年4月18 日 : FC バルセロナ 5 - チェルシー 1
フアン・ハーリが率いるチームがスタンフォード・ブリッジでの黒星 (3-1)を喫した後、ベスト8に進出するには、カンプノウでビッグマッチを行なう必要があったが、それをバルサは達成した。この試合は、延長戦で決まり、バルサはリバウド、フィゴ、ダニのゴールのおかげで決まった。ロスタイムにリバウドとクライファートが得点し、バルサは準決勝進出を決めたが、そこでバレンシアを前に倒れることになった。

記憶に残る3月12日

ミランとの対戦が行われる3月12日は、バルサにとってポジティブな日だ。1997年のこの日、カンプノウでは国王杯が行われた。対戦相手はアトレティコ・デ・マドリードだったが、ハーフタイムを0-3で迎えることになったにもかかわらず、そこからボビー・ロブソン率いるバルサの反撃が始まり、最終的に試合は、5-4で終わった。その数週間後、この勝利が鍵となり、バルサは1996/97年の国王杯の優勝カップをマドリードで持ち上げることになったのだった。