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FC Barcelona world champions in Japan 2011

FCバルセロナの悲願、日本におけるクラブワールドカップ優勝

クラブワールドカップの起源は、1960年まで遡るが、ホーム&アウェー形式を取り払ったのは1980年であり、現在のフォーマットになったのは、2005年になってからである。この新しい形式になってから、3回、決勝を戦ったことがあるのは、FCバルセロナのみというのは、近年のバルサの強さを物語っているといえよう。

現在の形式になる前、インターコンチネンタルカップの名称だった92年、FCバルセロナは初めてこの大会に臨んだ。チャンピオンズリーグの前身である欧州杯をウエンブレイで制覇したロナウド・クーマンやラウドルップ、ストイチコフなど、ドリームチームと呼ばれた面々が、サンパウロと決勝で対戦し、ストイチコフのゴールで先制したものの、最終的に1-2で勝利を逃すことになった。この試合には、後に監督となって大会に戻ってくるペップ・グアルディオラもスタメン出場を果たしていた。

その後、2005年になって現在の形式になり、FCバルセロナが戻ってきたのは、2007年だった。ライハールトの率いるサンバチーム、ロナウディーニョを中心としたFCバルセロナがインテルナシオナルと決勝で対戦したが、バルサは時差と疲れを克服することができず、1-0と僅差で黒星を喫し、再び、優勝を逃した。

その後、92年にインターコンチネンタル杯を経験した当時の選手の一人、ペップ・グアルディオラがFCバルセロナの監督となって、戻ってきた。アブダビで行われたクラブワールドカップで、バルサは念願のクラブワールドカップ優勝旗を制覇。対戦相手のエストゥディアンテスに先制されたが、試合終了1分前の89分にペドロが痛恨の同点ゴールをマーク。延長戦に持ち込み、延長戦の110分にメッシが勝ち越し弾になるゴールをマーク。バルセロナは、クラブワールドカップを制覇したのみならず、この年、どのクラブチームも制覇したことのない6冠を獲得して、一年を終えるという快挙を成し遂げた。

その後、2011年に、FCバルセロナは、更にパワーアップして日本に上陸。決勝では、ネイマールを中心とするサントスと対戦したが、全く手を緩めることなく、4-0と圧倒的な強さを見せて念願の日本におけるクラブワールドカップ優勝を手にした。レオ・メッシが先制点をマークし、その後、チャビイセスク・ファブレガスが点差を広げ、再び、メッシが追加点をマークし、ただ、優勝制覇するだけでなく、FCバルセロナのユースで育ってきた選手達がイニシアティブをとって、チームを引っ張るというバルセロナの理念を体現し、世界を前にそのFCバルセロナのプレースタイルを見せつけての勝利だった。

日本開催のクラブワールドカップでの優勝は、FCバルセロナにとって悲願であり、ようやくその夢が叶った形となった。

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