カリム・ダビッド・アデイェミは、FCバルセロナの選手だ。この数年間、サッカーのエリート街道を走り、世界的に名をなしたサッカー選手について知っておくべき10のことを見ていこう。

2002年生まれ

2002年1月18日にミュンヘンに生まれたカリム・アデイェミは、ジェラルド・マルティンとペドリの二人と同じ年に生まれており、彼とマルティンの誕生日は39日しか変わらない。

多文化的かつ連帯心

アデイェミは、多文化のアイデンティティを持っていることが、大きく影響している。彼の父親はナイジェリア出身―アフリカの国でプレーしていたーで、母親はルーマニア出身だが、ドイツで生まれた。彼は財団法人を通して、ナイジェリアで2番目に大きな都市、イバダンを中心に教育とスポーツを通して子どもたちの成長を支援する活動をしている。

プロデビュー

アデイェミについて話す時、4つ目の国、オーストリアについても言及する必要がある。そこでプロデビューし、2018年からRBザルツブルク及びセカンドチームのFCリーフェリングのユニフォームを身につけてプレーし、その後、バイエルン・ミュンヘン及びウンターハヒンクのユースカテゴリーに移ったのだった。

フリック、鍵となる存在

現在、バルサで再開するハンジ・フリックは、カリム・アデイェミのキャリアにとって鍵となる役割を果たした。バルサの監督がドイツのA代表で彼をデビューさせたからだ。それは2021年9月5日のことであり、まだザルツブルグでプレーしていた時に、アルメニアを前にアデイェミは試合の最後のゴール(6-0)を決めたのだった。また、2022年のワールドカップにも招集されたが、そこではデビューすることはなかった。

スピード記録

アデイェミの大きな強みの一つは、そのリズムのチェンジと最大限のスピードだ。2023年2月4日には、ブンデスリーガのフリバーグとの対戦で36,65 km/時の最高時速記録を生み出した。

11人目のドイツ人選手

カリム・アデイェミは、クラブ史上における11人目のドイツ人選手となった。オット・マイヤー(1989-02)、ウド・ステインバーグ(1901-10)、ユリウス・ミュラー(1908-10)、ウォルター・ロシツキー(1911-13)、エミル・ウォルター(1924-31)、ベルナン・シュスター(1980-88)、ロベルト・エンケ(2002-03)、マルク・テア・シュテーゲン(2014-?)、ケヴィン=プリンス・ボアテング(2019)、イルカイ・ギュンドガン(2023-24)がそのほかのバルサのユニフォームを身につけた選手だ。

ドルトムントーバルセロナライン

また、カリム・アデイェミは、ドルトムントとバルサの両方でプレーした選手のリストにも含まれる。そのリストは2016年まで誰の名前もなかったが、この最近10年で8人もの選手が名を連ねている。マルク・バルトラ、パコ・アルカセル、ウスマン・デンベレ、ケヴィン=プリンス・ボアテング、オーバメヤン、イルカイ・ギュンドアン、ロベルト・レバンドフスキだ。デンベレがアデイェミ同様、唯一のドルトムントからバルサにやってきた選手となる。

3人目の元ザルツブルグ選手

では、バルサとザルツブルクの両方でプレーした選手は何人いるのだろうか?たった3人だ。ハンズ・クランクル、ジョナサン・ソリアーノそして今回のカリム・アデイェミだ。バルサの新たなストライカーは、2019年から2022年までオーストリアのトップチームに所属していた。

バルサとの公式試合

アデイェミはバルサと2回、対戦したことがあるが、両方とも2024/25年のチャンピオンズリーグだった。ラウンド8の予選におけるに試合だった。最初の試合はリュイス・カンパニス・オリンピックスタジアムにて、バルサが4-0で収め、第二レグにボルシアは3-1で試合を制したのだった。

2021年に親善試合

さらにもう1試合、加える必要がある。2021年に行われた親善試合で、アデイェミはRBザルツブルクとFCバルセロナとの間に行われた対戦でスタメン出場し、試合は、オーストリアのチームが2-1で勝利を収めて終わった。

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