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2009/10 年、カンプノウのピッチで優勝を祝うアウベス / MIGUEL RUIZ - FCB

もし、歴史が繰り返すとすれば、今週の土曜日、BBVAリーグ最終節のグラナダ戦を終えた後に、優勝するのは、FCバルセロナだ。 実際、最終節にFCバルセロナ及びレアルマドリードのみが優勝を狙える状況になったことは、過去に5回あったが、その全てでバルサは優勝を制している。そのデータは、下記から。

テネリフェ、バルサの幸運の女神

最近ではないにしろ、最終節に決まったリーグ優勝の例として、まず、浮かぶのがテネリフェ戦だ。レアルマドリードは、首位で最終節にたどり着き、当時、ヨハン・クライフが率いていたFCバルセロナとの勝ち点差は1だった。 マドリードにとって、テネリフェとの、エリオドロ・ロドリゲス・ロペスでの二回の黒星がリーグを逃すきっかけとなった。

1991/92年シーズン カナリア諸島のチームは、第一戦を0-2で収め、第二戦はマドリードを 3-2で下したのだった (勝ち点54)。その一方で、バルサ (勝ち点55) は、アスレティック・クラブを2-0で制し、リーグ優勝を祝った。 1992/93年のシーズン、レアルマドリードは、再び、2-0負け(勝ち点57)、一方のバルサ (勝ち点58 ) は、レアルソシエダを僅差(1-0)で破ったのだった。

テネリフェで何が起きるかをTVで追うバルサ /  FCBファイル

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だが、 1991/92年、 1992/93年のシーズン、バルサは、最終節をマドリードより、下の順位で迎えた。2009/10 は、その逆だった。最も最近の同じようなケースは、ペップ・グアルディオラの率いるFCバルセロナが、勝ち点1点差で走っており、今季と似通った状態で、最終節にリーグを制したのだった。l

当時のバルサは (勝ち点99) このメリットを生かし、バジャドリードを前に大量ゴール差(4-0) でカンプノウにて試合を収めた。この試合で、ほぼ完璧なリーグ戦を終えた当時の内訳は、1敗6分31勝だった。ペレグリーニが率いていたマドリード(勝ち点96)は、このニュースを知ってモチベーションを失い、マラガで引き分けた (1-1).

バルサはバジャドリードで、ペドロの1ゴール、メッシの2ゴール及びオウンゴールで勝利をあげた / MIGUEL RUIZ-FCB

代の2

このような状況は、歴史的な最初のリーグ (1928/29)でも起きて、やはり、最終節に決まった。レアルマドリード(勝ち点23) は、アトレティコを前に負け(2-0)、バルサはチャンスを逃さず、レアルウニオンを前に4-1で勝利を手にした。バルサは、アレナス・ゲッチョとの対戦が延期されていたため、それをプレーし、勝利をあげ (0-2)、勝ち点25で最初のタイトルを制覇したのだった。

両者がその後、リーグ優勝を争ったのは、30年後だった。 1959/60年のリーグで、バルサ(サラゴサ戦で5-0) とマドリード(ラス・パルマス戦で0-1)の結果を手にし、バルサは勝ち点46点で優勝を決めた。平均ゴール数では並んだ。というのも、当時はゴールを失点で割る形をとっており、現在とは数え方が異なっていたためだ。よって、86得点28失点のバルサは、92得点36失点のレアルマドリードより、ゴールアベレージで1点上回っての優勝となった。

1928/29年のバルサ、リーグ戦最終節 / FCBファイル

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