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2010/11年、バレンシアでのリーグ優勝を祝うイニエスタ / MIGUEL RUIZ - FCB

90分を戦い終えた後、バルサのチームは、その歓喜をグラナダのロス・カルメネスのピッチの上で爆発させた。ルイス・エンリケの率いるバルサは、クラブ史上24回目、そしてカンプノウから離れた地で10回目のリーグ優勝を手にした。残りのリーグは、全てラス・コルツのスタジアム、あるいは、カンプノウ(11)で収めている。ライバルチームの結果次第で、戦わずに優勝が決まった例も3回ある。 

土曜日に制覇したリーグで、ロス・カルメネスが、新たにアウェーで決まった優勝のリストに入ることになった。イバイロンド、メトロポリターノ、モリノン、ソリージャ、メンディソロッサ、シウタ・デ・バレンシア(2回)、バライドス、カルデロンが、既にバルサの歴史を飾ったリーグ優勝の舞台となった。

最近の2年まで

バルサはアウェーにて、最初のタイトルを祝った。この状態が最初に起きたのは、1929年6月30日のことで、ゲチョのイバロンドが舞台となった。 延期されていたアレナスとの試合だった(0-2)。この試合に勝って、バルサはレアルマドリードを制することになった。アウェーでリーグ優勝を収めることになった次の試合は、30年後だった。メトロポリターノでアトレティコ・デ・マドリードと最終節の前節に引き分けて、優勝が決まった。

クライフが率いるバルサがリーグ優勝を祝ったのは、1974年だが、この年のリーグ優勝は5節を余した状態で決まった。場所は、ヒホンだった。その後、1985年にテリー・ベネラブルズを監督に アウェーで優勝が決まった。20世紀最後のアウェーで決まったリーグ優勝の舞台は、メンディソロッサであり、アラベスコクー、クライファート、フィゴ、ルイス・エンリケのゴールの結果、1-4で破って決めた。

16回目、17回目のリーグ優勝は、シウタ・デ・バレンシアで決まった。当時の監督は、ライハールトであり、レバンテとエトーのゴールで同点で引き分けて、優勝を決めた。その翌年の優勝は、バライドスで決まった(0-1)。その時の試合は、後半を終える前に優勝が決まる形となった。バルサと優勝争いをしていたバレンシアが、マジョルカを相手に  2-1で負けたためだった。

2011年、ペップ・グアルディオラをベンチに再び、リーグタイトルは、シウタ・デ・バレンシアでもたらされた。またもや、同点(ケイタのゴールで1-1)で優勝が決まったケースだった。また、グラナダ前の最後のアウェーにおける優勝は、昨季のビセンテ・カルデロンだった。そして、グラナダでもカバで乾杯することになった。

アウェー先データ

1929. ゲチョ (イバロンド)
1959. マドリード (メトロポリターノ)
1974. ヒホン (エル・モリノン)
1985. バジャドリード (ソリージャ)
1999. ビトリア (メンディソロッサ)
2005. バレンシア (C. バレンシア)
2006. ビゴ (バライドス)
2011. バレンシア (C. バレンシア)
2015. マドリード (カルデロン)
2016. グラナダ (ロス・カルメネス)

注 : カッコ内はスタジアム名

 

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