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バレンシア戦での得点を喜ぶリバウド / ARXIU FCB

44を数えるコパ・アメリカはFCバルセロナの存在が際立つものになった。これまで、シーズン中にバルセロナのユニホームを着た多くの選手たちが南米最高峰の大会に出場した。しかし歴代でも優勝トロフィーを掲げる幸運があったのはわずかに5人。1999年のリバウド以降、バルサ所属の選手が同大会のチャンピオンになることはなかった。しかし今回クラウディオ・ブラボがこの流れを断ち切り、1シーズンで4タイトル(チャンピオンズ、リーガ、国王杯、コパ・アメリカ)を制覇した。

最初はソティル

コパ・アメリカで最初に優勝したアスルグラナ選手は1975ウーゴ・ソティル。ペルーが同大会決勝に進出し、相手はコロンビアだった。第1戦で‘カフェテーロス’が1−0で勝利したが、第2戦でインカのチームが2−0で勝利し延長戦に入った。‘チョロ’・ソティルは当時のバルサ監督のリヌル・ミルケスから許可が出ず、いずれの試合も出場しなかった。しかし思いがけずアスルグラナのミッドフィールダーはすべてを決める試合に間に合う。そのうえ先発出場し、ソティルは決勝点を挙げて(1−0)、ペルー初のコパ・アメリカ制覇を果たした。

1997、ブラジルは大会の大本命としてコパ・アメリカの開催地ボリビア入りした。ジャウミーミャ、ドゥンガ、デニウソン、レオナルド、ゼ・ロベルト、アウダイールといったメンバーが当時の‘カナリア’軍団にはいた。そのうえロナウド、ロマーリオというアタッカーがいた。さらにロナウドに続きジオバンニがブラジルにいる2人目のアスルグラナ選手だった。決勝の相手はボリビアだったが3−1で勝利。ロナウドが2点目を決め、大会にブラジルが決めた22点のうち5点をマーク。大会2位の得点を重ねた。アスルグラナ2選手はこのとき今季のブラボのように同一シーズンで4タイトルを勝ち取った(国王杯、スペインスーパーカップ、レコパ、コパ・アメリカ)。

2年後には再びアスルグラナ選手がコパ・アメリカのチャンピオンになる。リバウド、また再びブラジル代表が優勝する。アタッカーはクラブと代表で2つのタイトルを勝ち取った(リーガ、コパ・アメリカ)。グループリーグで問題なく3勝したあと、ブラジルはアルゼンチンとメキシコに勝利し決勝でウルグアイと対戦。当時のアスルグラナ10番を背負っていた選手はブラジル3得点のうち2点を記録。優勝メンバーになったほかロナウドとともに大会得点王になった。この勝利が‘カナリア’軍団にとって6回目のコパ・アメリカ優勝だった。


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