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ホセ・ソリージャ、ベンチでのジョルディ・ロウラ / FOTO: MIGUEL RUIZ - FCB

ジョルディ・ロウラは、ホセ・ソリージャの記者会見場に姿を見せた。任務を終えた上で、落ち着いて現れたロウラは、 「今季のバランスは、満足以外の何物でもない。スポーツ面では、とてもいい形で一年を終えることができた。更に、ティト・ビラノバの朗報を加えることができるなら、これ以上、満足できることはない」とFCバルセロナの第二監督は語った。

土曜日に、この状況で、トップチームを率いるのは簡単ではなかったが、ロウラは、落ち着いて、自然な形で全てが進むように努力したと話した。「私とティト・ビラノバの結びつきを思えば、気力的には、非常に難しい状況だ。今日の試合は、私たちが今週、過ごしてきたこともあり、少し、特別な試合だったのは確かだ。だが、試合的な観点からみれば、多くある中の1試合に過ぎない。前半にゴールチャンスを生かすことができたのが、私たちに落ち着きを与えてくれた」

ティトの退院がモチベーションに。

「ティト・ビラノバが退院したというニュースを聞いた時、私たちはみんなロッカールームにいたんだ。それをチームメンバーに伝えたが、それは全員にとって、最高の朗報だ。術後の経過がとても満足のいくものだったというのは、みんなに元気を与えることになった」とロウラは説明し、今回の勝利を監督に捧げたいとも話した。「私たちが彼を助けることができる唯一の方法が、試合に勝つということだった。今回もチーム全員は、見事に態度で示してくれた」とコメントした。

サッカー的な観点からは、バルサの第二監督は、「スタメンはもう決めていた。最初からシナリオに従って行なった。、数えるほどの細かい点について、少し、ティトとも話した」と明かした. また、ロウラは、最後の瞬間にゲラがゴールを決めた時も苦しまなかったと告白した。「0-2で勝っている時に、相手チームが1点を返したら、少しはしまったと思うが、こういった選手達と一緒にやっていると、彼らは本当に素晴らしいので、正直、殆ど苦しむことはなかった」とコメントした。

Jリーグにいたジョルディ・ロウラ

今回、チームを率いた第二監督のジョルディ・ロウラは、1967年生まれ。グアルディオラやティト・ビラノバと同じマシア育ちで、1988年にヨハン・クライフの手によって、トップチームに引き上げられた、フィジカルに恵まれたFWだったが、その翌年、ミランと対戦した欧州スーパーカップで、膝に重傷を負い、若くして引退を余儀なくされた。

そのため、早くから指導者の道を歩み、FCバルセロナのユースを率いての経験は、30年近くにものぼる。また、そのカルラス・レシャックと共に日本へ渡り、当時のJリーグの1部、横浜フリューゲルスのスタッフコーチの一員だった。

その後、2009年にマシア時代からの友人であるグアルディオラに誘われ、ティト・ビラノバと共にFCバルセロナに戻り、現在に至っている。

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