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1950年代には、クラブの会員数が大幅に増加し、 26,300人から52,791人へとほぼ倍増しました。 この会員増には多くの理由があります。


移籍してきたラズロ・クバラの活躍によってチームは好成績を収め、クバラはバルサファンのアイドルとなりました。 この時期にバルサが獲得した数々の栄冠と伝説となった選手クバラが、忠誠心の高いファン獲得の原動力でした。 カタルーニャ社会におけるバルサの重要性はますます高まってゆきます。
それと同時に、1951年以降に経済が復興の兆しを見せたことに加え、賃金上昇がインフレ率をわずかでしたが上回ったことにより、庶民が自由に使える所得が増えました。 会費もさほどネックにならなかったのです。


そうすると、クラブにはもっと大きなスタジアムが必要になりました。 1953年、選挙キャンペーンのスローガン「私たちが必要とし、望んでいる新しいスタジアムを実現しよう」が決定打となって、ミロサンスがバルサの新会長となります。 カンプノウの建設は、近代化に向けたクラブの精力的な取り組みの証でした。