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ラ・マシア

ラ・マシアは当初、建築家や建設業者が模型を作り作業を行う場、  そして建設に携わる人々が最初に訪れる場所として使われていました。 カンプノウスタジアムがオープンした1957年9月24日、ラ・マシアはその扉を閉じ、これから訪れる運命の日まで眠りにつきました。 エンリク・リャウデット会長の時代になったとき、この建物は改築されるとともに、ビア・ライエタナにあったクラブ本部をスタジアムの隣に移転するために拡張。 この新しい本部は、1966年9月26日にオープンしています。

やがてクラブのさまざまなエリアが拡張・創設されるに従って、ラ・マシアは本部として手狭になってゆき、ついにアグスティ・モンタル会長時代に本部はアイスリンク隣に再移転しました。 こうして、ラ・マシアは再び新たなチャンスの場となったのです。 ジョセップ・ルイス・ヌニェス率いる理事会は、素早く行動に移しました。 その結果、ラ・マシアは市外に住むユース選手たちの寮として利用することに決定。 改築工事は非常に迅速に進められ、1979年10月20日にその生まれ変わった姿を公に見せました。

世界中の数多くのクラブが今でもラ・マシアをトレーニングスクールの理想形と考えていますが、新センターにもその血は引き継がれています。 新しいマシアであるオリオル・トルト・トレーニングセンターは、シウタ・エスポルティバ・ジョアン・ガンペールにあり、  現代のニーズに合わせてあらゆるサービスを整えた近代的で機能的なビルです。

新センターには、選手たちを知力、精神、社会的な面で教育することを主眼に置いた最高の設備を完備しました。  そしてもちろん、寮生たち、コーチ陣、クラブのスタッフが旧マシアで育んできた、これまでの成功の鍵である心の交流と絆もここには息づいています。


輝かしい未来が待つユース選手たち
この寮の目的は、家族の元と住み慣れた街を離れ、バルサで未来を追い求める若者たちをスポーツの面でも知性の面でも教育することにあります。 ラ・マシアは、バルサ100周年と同時に20周年を迎え、その歴史で素晴らしい成果を上げてきました。 現在までに、30名以上の若い選手がラ・マシアからトップチームへと上がっています。 その中にはアモール、グアルディオラ、セルジ、デ・ラ・ペーニャ、プジョル、チャビ、レイナ、ビクトル・バルデス、ガブリ、メッシをはじめ、スペインリーグの他チームでプレーすることになった数多くの選手たちが数えられます。 そして、ラ・マシアのユース選手はカタルーニャやスペイン国内の他地方に限らず、諸外国からも集まってきています。