FCBARCELONA.JP

2008.01.09 11:30

★ディエゴ・カペルはバルサのカンテラにいた

現在若干19歳ながら左のミッドフィルダーとして頭角を現しているセビージャのディエゴ・カペル。3年前に既にトップチームデビューを果たしているこの若手有望株は、ヘスス・ナバスと並んでセビージャのカンテラ(下部組織)出身の若手として、セビジスタから多くの愛情を注がれている。このカペル、実は、かつてバルサのカンテラに所属したことがあるのである。

8年前の2000-01シーズン、当時11歳だったカペルは、インファンティルB(U12)のバルサのカンテラチームに所属することが決定した。一人親元を離れ、マシア(バルサの選手寮)に入寮したのだ。しかしながら彼のバルセロナでの生活は、周囲が望んだものとはならなかった。幼い子供にとって、親元を離れて新しい環境に一人で馴染むことは、想像以上に困難なことだったのだ。
【適応の困難さ】2000-01シーズン、現在のバルサ女子チームの監督であるチャビ・ジョレンスが、当時インファンティルBの監督だった。そのチームの元に、オルラCFというアンダルシア州アルメリア近郊のアルボックスという小さな町にある小さなクラブに所属していたカペル少年は、その才を見出され、11歳の時にやってきた。しかしながら、都会での生活、親元を離れての慣れない暮らし、そして、当時のマシアには同年代の少年が少なかったことも、カペル少年には厳しい環境となってしまった。当時の監督チャビ・ジョレンスは振り返る。「彼は抜群の左足を持った良い選手だった。現在セビージャで見せているようにね。問題はフットボールの面ではなかった。彼は家族がいないことを本当に寂しがった。彼にとって両親のいない生活は本当にきついものだった。そうした苦境を乗り越えることが難しかった。練習前はいつも泣いていて、いつも彼を慰めることから始まった。一度フットボールの練習や試合になると、話は全く違うものとなった。彼はピッチ上では幸せそうに見えた。しかし、マシアに帰ると、再び、その故郷から遠い生活に我慢が出来なくなっていった」

そして、カペルはそのシーズン途中に故郷に帰ることとなった。
【セビージャのトップチームに定着】その後、数年はフットサルに興じたカペルは、カデッテ(U14-15)の時にセビージャに入団する。その後はセビージャのカンテラ(下部組織)にて目覚しい活躍を見せ、遂にトップチームにまで上り詰める。カペルはセビージャの歴史の中でも2番目の若さでトップチームの一員となった。ファンデ・ラモス監督の下でトップチームデビューを果たしたカペルは、その後後任のマノロ・ヒメネスの下でも若手の有望株として、着実にその存在を示している。その証拠に、左サイドのポジションにはアドリアーノ、ドゥーダといった経験豊かな選手が揃っているにもかかわらず、カペルは着実に出場時間を掴んできているのである。